天才ギャンブラーは存在する。競馬の世界でも、かなりのプロがいると思うが、年に数百万円、勝つくらいなら、表にも出てこないので、税金の問題は生じない。しかし、年間に1000万円を超えて勝つギャンブラーもいるという。こうなると、やはり所得税の対象となってくるだろう。
通常、競馬の当たり馬券からの配当は、一時所得ということになっている(所得税法34条―1(1)(2))。そして一時所得から控除できるのは、その当たり馬券の購入原価のみとなる。しかし、毎年、確実に多額な利益をはじき出すプロのギャンブラーが現実に存在し、その場合、彼らは頻繁に継続的に馬券を購入するわけだから、勝った時だけ、一時所得という考え方には違和感がある。平成25年5月23日の大阪地裁判決で、それは一時所得ではなく、雑所得になるという歴史的判決が出た。
この事件は、元会社員であるAが日本中央競馬会(JRA)の提供するA-PATサービス及び競馬予想ソフトを駆使して、馬券を継続的に購入していた。AがPAT口座に、最初に投入した金額はたったの100万円であった。が、Aはこれを元手に、ソフトを改良しながら、馬券購入を繰り返し、毎年、多額の利益を出していた。そして、平成19年から21年までの3年間分の所得税確定申告を提出しなかったとして、所得税法違反で、大阪地検に起訴された事件(刑事事件として)である。
計算内容の概略は以下の通りである。
(検 察 側) | (被 告 人 A) | |
所得の種類 | 一時所得 | 雑所得 |
総所得金額 | 3年間の払戻金合計?30億1千万円 | 3年間の払戻金合計?30億1千万円 |
購入原価 | 当たり馬券の購入金額 1億3千万円 |
すべての馬券購入額 28億7千万円 |
所得合計 | 28億8千万円 | 1億4千万円 |
3年間の脱税額 | 5億7千万円 |
少し考えてみれば分かるが、検察側の主張は無茶である。担税力の観点から見たとき、Aの手取りは1億4千万円しかないわけだから、5億7千万円も税金を払えるわけがないことは、明らかである。いままで、この種の所得に対しては、従来の所得税基本通達34-1(2)から一律に一時所得として処理されていた。しかしながら、大阪地裁は、この天才プロギャンブラーに敬意を表して、初めて、雑所得に該当すると判定した。
判旨を要約すると以下のようになる。
一般的には、競馬は趣味、嗜好、娯楽等の要素が強いものであり、馬券の購入は一種の楽しみ賃に該当し、消費としての性質を有し、馬券購入による払戻金の獲得は多分に偶発的であり、原則として、馬券購入行為については、所得源泉としての継続性、恒常性が認められず、当該行為が生じた所得は一時所得に該当する。
しかし、馬券購入行為が営利を目的として継続的、恒常的に行われれば、そこから得られる所得は、所得源泉性を有することになる、そして、所得源泉性を有するか否かは、結局、所得発生の蓋然性という観点からの基礎となる行為の規模(回数、数量、金額)、態様その他の具体的状況かに照らして判断することになる。
まとめると、「営利を目的とする継続行為から生じた所得」とは、経済活動の規模が事業所得に至らない雑所得を、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しない所得」とは給与所得や譲渡所得に当たらない雑所得を想定していると思われる(所得税法34条―1)ので、雑所得として認定され、はずれ馬券の購入原価も雑所得から控除されることが認められた。
結局、馬券購入行為について、一般的な馬券購入行為に対しては一時所得、営利を目的として継続的に行う馬券購入行為に対しては雑所得に該当すると判断された。
この判決の後、一時所得の例示として基本通達34-1(2)に括弧書きと注意書が付け加えられた。
所得税法34条―1(2)競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金(営利を目的とする継続行為から生じたものを除く。)
(注)1 馬券を自動的に購入するソフトウェアを使用して独自の計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払い戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続行為から生じた所得として雑所得に該当する。
(注)2 上記(注)1以外の場合の競馬の払戻金に係る所得は、一時所得に該当することに留意する。
なんという細かい限定列挙であろうか?しかも、(注)1以外は認めないと(注)2で述べている。これは少しおかしくないだろうか?ソフトウェアを駆使しなくとも、独自の調査と長年の感で継続的に利益を出しているプロのギャンブラーもかなりいるはずである。これらのギャンブラーも、「営利を目的として継続的に馬券を購入している」から、その所得は「雑所得」とすべきであろう。やはり、この判決の直後に(注)1には当たらないプロのギャンブラーがいて、雑所得を主張する裁判が起こった。それはまた次回でお話しします。
文責 増井 高一