同族会社では、自社株の評価が高くなり過ぎ、将来、相続税が支払えなくなる可能性がある。そこで、弁護士が中心となったコンサルティング会社が、事業承継対策と称して、持ち株会社の設立や、社団法人などを使って、自社株の移転を行い、その後、評価通達のいいとこ取り、つまり、類似業種批准価額や配当還元価額などを使って、極端な株式評価引き下げを行い、その後、実際に贈与や相続の発生時において、大幅な節税(脱税?)を図ろうというスキームがもてはやされている。この夢のような手品のような節税プランを売りにしているコンサルティング会社(あるいは某税理士法人)が結構あり、ホームページを賑わしている。これに金融機関なども一枚加わり、かなりの優良な中小企業が、この対策を実行しているという。

最近、この種の事業承継対策絡みで、国税庁から巨額な否認を食らった有名会社の一族がいる。キーエンスとトステム(現LIXIL)だ。キーエンスでは、創業者の長男が1500億円の贈与税の申告漏れで300億円の追徴課税、トステムの創業者の長女が110億円の相続の申告漏れ60億円の追徴課税と、一般庶民から見れば桁違いの金額だ。かれらはこの追徴税をポーンとキャッシュで支払ったというから驚きだ。もっとも、これらの株式はピカピカの上場株式だから、換金も容易で、支払えたのかも知れないが、通常の中小企業ではこうは行かないだろう。

さて、この種の持ち株会社を使う事業承継対策は30年ほど前のバブル隆盛の時にも流行った。やはり、有名税理士とか弁護士がセミナーを打ち、ガンガン儲けていたようだが、その後、国税の否認を受け、この税理士は目をつけられ、バブルの崩壊とともにどこかに消え去ったようである。まさに、「歴史は繰り返す」である。

最近では、弁護士が主導権を握り、複雑な持ち株会社のスキームを解説している。わたしも向学のためこの種のセミナーに参加した。そして、最後にこう質問した。「先生、この対策に失敗して損害賠償を請求されたら、いくら支払うことになるのですか?」答えは、簡単であった。「コンサルタント料はお返しします。」だった。冗談じゃない。セミナーを聴き実行しなければ、発生することはなかった相続税や贈与税、それに過小申告加算税や延滞税のペナルティはどうなるのだろう?もちろん、頭のいい弁護士のことである。契約書の片隅に小さく免責事項を記しているのだろう。

もし、この種の申告の仕事を、税理士が通常の料金で引き受けたとしたら、それは愚かである。いや、仮に数倍の料金をもらったとしても、「否認」されたときのリスクを考えれば,割に合わないだろう。おそらく税理士は、事業承継コンサルタント会社や弁護士それに金融機関などと共同でこの仕事を請け負っており、かなりの報酬を受け取っていると推定される。しかし、この種の「否認」は、評価通達通り株式評価しても、いつ起こるか分からない。いきなり、評価通達の6項を適用されて、課税公平の見地から妥当でないと判定されたらおしまいで、いわゆる租税回避かどうかの判断基準は、国税側に委ねられている。

もし、「否認」されれば、クライアントはまず最初に税理士に損害賠償請求をしてくるであろう。残念ながら、この種の損害賠償に対して、税理士損害賠償保険は全く効果がない。つい最近、某税理士法人に対して数億円単位の損害賠償をクライアントから突き付けられた。そして、その法人は、いとも簡単に解散ししてしまった。もちろん、法人を解散したからと言って、税理士の責任がなくなるわけではないだろう。

いずれにしても、相続対策や事業承継対策などといっても、夢のような、手品のような、甘いスキームはないわけで、時間をかけてコツコツとやる他ないのである。特に、複雑なスキームを実行したために、組織がいびつになったり、資金が回らなくなったりするのは、愚の骨頂だと思うし、おまけに「否認」されれば、元も子もない。「否認」ついでに付け加えるが、この種のコンサルタント料は法人の経費にはならない可能性もある。そうなれば、その科目の行先は役員賞与ということになり、法人にも税額が発生するから、ダブルパンチどころかトリプルパンチとなる。当然また、企業のコンプライアンスにも相当なダメージを受けることになろう。

文責 ; 増井 高一